緑地は生き物の貴重な生息空間であると同時に、人間に様々な感動を与えてくれますが、これらの恩恵を享受するためには、地域の自然を理解し、そこに調和する空間を作るための工夫が必要です。これはランドスケープの設計においてはもちろんですが、自宅の庭のような狭い空間であっても、意識し実践することができます。
今回は、自宅の庭づくりの経験から、庭づくりの際に意識したい視点や、時間とともに変化する庭の楽しみ方などについてご紹介します。
人を含む動物たちは、太陽の光、大気、降水、土壌、野生生物、の5つの要素からもたらされる、食料や水の供給、気候の安定など、生物多様性を基盤とする生態系から得られる恵みによって支えられていますが、これらの恩恵を「生態系サービス」と呼びます。
具体的には、人の暮らしに欠かせない‘衣食住の素材の提供’‘水源涵養や土砂流失の防止’‘防風や防塵’など、人が生きるために欠かせない本能に刷り込まれた根源的なもの。二つ目は、‘生態系保全’‘生物多様性保全’‘気温上昇緩和’など、昨今、人類の生存にとってその必要性が説かれているもの。三つ目は、‘遮蔽’‘庇陰’‘レクレーション’‘鑑賞’など、日ごろの生活の中で精神衛生上の恩恵を受けるものがあり、これらのうちわれわれが日常的に実感できるのが、三つ目の、山野のみどりや公園や庭園などの植物や生き物の姿、形、声や行動などから感動を得る恩恵です。
自身の仕事でも、全てのプロジェクトにこれらの恩恵を最大限に生かすことを念頭に置いて進めていますが、それにはまず、自身がその感動を実感する場が必要です。それが唯一自分の自由にできる我が家の庭です。
100m先に千葉市の鷹の台カントリークラブの松林を望む70坪の敷地の家屋周りに庭づくりを始めたのは、今から約50年前。その構想は、クロマツと雑木林が入り混じった周りの風景を骨格として、野山の低木や下草を組み合わせる。野生の生き物も来てほしいので、片隅に小さな溜まり池を・・・
ということで、まず池を掘った土で背景などの地拵えし、その後の植栽は、地主さんの山から頂いた3m程度のクロマツ、コナラ、イヌシデ、ゴンズイなどで骨格をつくり、これを彩るイロハモミジ、ミツバツツジ、マンサクなどは、苗木で補強。その後の植栽は、それらがつくりだす環境に合わせ、山登りや現場の片隅から持ち帰った種や実生苗を少しずつ添えていく。クロマツの足元には、幹を彩るツタ、テイカカズラ、ビナンカズラを植える。さらに魅力的な外来種や園芸種も試験植栽という気持ちでこれに加える。という繰り返しによって、自然から教わりながら楽しむという一石二鳥!
その間の管理は基本となる「間引き・剪定・補植」を柱とする手入れ。今は7mを超す樹木の剪定も全て自分で行って、そのコツを学ぶ。この間に、苗木や実生から大樹になったホオノキ、イイギリは勤めを終えて暖炉の薪に。
また、ここを住処にしたり、訪れる常連の生き物もその時代を反映して変化するので、居ながらにして日本の気候変動や生態系の変化などが実感できます。
刻々、日々、四季折々、時代を通して、多様な動植物から受ける感動を享受できる我が家の庭こそが、自身にとっても仕事にとっても、生態系からもたらされる最大のサービス空間なのです。
① 地域性の樹種の導入
地域に自生または古くから土着している樹種を複数組み合わせることによって地域のみどりの多様性が増す。
② 周辺空間へのみどりの開放
生垣、透過性の高い囲障、低い壁などによって、庭のみどりを周辺に開放することによって、生態的にはビオトープネットワーク効果が、見た目には、奥行き、広がり、繋がりによる景観効果が生まれる。
③ 適切な管理
地域に開かれたみどりである以上、特に外周のみどりについては、枯れ枝、つる草、病害虫の被害などは、常に意識して除去しておくことが大前提。
以上が、自然の生態系が私の小さな庭を通して与えてくれるサービスですが、これを長続きさせる鍵はただ一つ。常に身の周りの自然の変化に目を凝らし、できるだけ自然の生態系に負荷をかけないことを心掛けることです。特に近年の気候変動による豪雨の被害はけた違いで、政府は2020年度の堤防整備費として6200億円を計上していますが、予算には限りがあるので、自然環境が持つ多様な機能を活用して、災害のリスクそのものを下げる「グリーンインフラ」の取り組みが注目されています。「グリーンインフラ」は、社会資本の充実を指向する用語で、コンクリートで固めた堤防やダムを意味する「グレーインフラ」の対語として語られます。
その取り組みに今すぐ参加できるのが、家周りの「グリーンインフラ」化です。コンクリートやアスファルト面を極力少なくし、敷地に樹を植えて雨水を浸透させ、保水する力を高めることです。現在京都では、透水性舗装による交差点に一時的に雨をため、徐々に浸透させる「雨庭」をつくるなどの取り組みがされています。駐車場だけでみどりのかけらもない家が増えている現在、せめて透水性のある舗装にする協力なくしては、自然からの恩恵は急激に減少していきます。
いま人類は、異常気象や様々な未知のウィルスによって大きな試練を受けています。しかしこれらの事象ももとをただせば、人々の乱開発に対する自然の生態系からの当たり前の反応なのです。これをかつてのような優しいふるまいに戻すには、一人一人が身近な自然を大切にしていく行動が欠かせません。
「花が咲いても蝶は舞わず、カエルも鳴かず、鳥も歌わない現実が、人類の破滅につながることを、それぞれが肌で感じてほしい」、これは農薬散布による自然の生態系の破壊の脅威を訴えた「沈黙の春」の著者レイチェル・カーソン女史の言葉である。また自然をこよなく愛した小説家、開高健はいう。「身近な生物が安心して棲めないところには人間も住みづらい、ということはいろいろ報告されているが、それらの動物が身のまわりから失われたときに、人の心にどんな変化が起こるのか。形のあるものがないものから生まれるという自然の驚異に目を凝らして、身のまわりの自然を見つめ、ありふれたものが、ありふれて在る尊さを、小さな野生動物からのメッセージとして胸に刻む。心の故郷が失われてしまわないうちに」と・・・
山本紀久は、この二人の言葉に代表される人類への警鐘と自然に対する敬愛の気持ちを常に心にとめ、少しでもこのメッセージに応えられるようなみどりの風景づくりを進めていきたいと思っています。
2020年7月30日 山本紀久